Mayfly Diary

ここは無人島です

『侍女の物語』モノ語ることは生きること

 

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

侍女の物語 (ハヤカワepi文庫)

 

 

*読後、興奮して布団に入ってもなかなか寝付けなくて困った

 

「自由に価値なんてない。過去にだってなんの価値もない。」

 

物語が終わりに近づくころから、わたしの頭のなかではそんな言葉が鳴り響いていて、むしろその自暴自棄な言葉に興奮して酔いしれてさえいた。

 

あれほど最後の砦のようにすがるように必死で保ち続けてきた「正気」でさえ、どうだっていい。まるで屋根の上からドールハウスの中のお人形遊びを見ているだけで、それまでにどんな苦しみと排除と声なき死があったかなんて些細なスパイスでしかないというような、そんな気持ちになった。そうやって意識が正気がぶれてゆけばゆくほど、ニックとの逢瀬はさらに狂おしくなった。こんなに壮大な前戯があるかよ。

 

そんな段階に達すると物語は突如として嵐のように過ぎ去り、後に残ったのは確かめようのない不確かでぼやけた歴史の一点だった。

 

そうだ。そんな楽しみ方は不謹慎だ。だけど不謹慎と『侍女の物語』の世界を作り上げている厳格な規律と信仰は表裏一体だ。

 

この作品を読んでいる途中でいろいろな事件とか作品とかを思い出した。ひとつは近年告発が増えている、カトリック教会での聖職者による性的虐待だ。あとは、性的虐待のはびこっていた女性修道会を解散したことをローマ法王が認めたというニュースも最近大きく報じられたところだ。

侍女の物語』ではキリスト教原理主義っぽく描かれているけれど、キリスト教でなくてももちろん宗教に限らずとも、人をあまりに厳しく律したり、閉鎖的空間と絶対的権力の発生する構造にあるとかえって、その規律から大きく逸脱する行動に走りやすい。

この作品にはそんなエクストリームな社会構造への警鐘が鳴り響いている。

 

 

サウルの息子(字幕版)

サウルの息子(字幕版)

 

 

・人が人でなくなる

サウルの息子』のキツさったら無いんだけど、人がどこまで人でいられるのか、あるいはどこまで人でなくなれるのか、みたいな意味でこの『侍女の物語』と通じるものを感じた。オブフレッドが正気を保つために死ぬことも許されない部屋で一つ一つの区画を1日ごとに「探検」したり、出来るだけ過去を思い出すことを自分に禁じたり、はたまた夫の無事を夢想してすこしだけ心を穏やかにさせたり、という自由もなく最後にあるのはどうせ死でしかない拘束された生活のなかでの心理描写が本当に丁寧で、かつて強制収容所に入れられた人々の心理も、今では知ることはできないけれど、きっとこんな感じだったんじゃないだろうかと思った。

粘り強く丹念な描写に計り知れないアトウッドの度量を感じた。

 

・「知ること」「名前」「物語り」すべては消される

 消されていく、あるいは無かったことにされるすべてのことを思うと、いたたまれなさすぎてどうしようもない。それは預金、仕事からはじまり、家族、子供、過去、名前と進んでゆく。ついには「歩く子宮」となるわけだ。ほんの少しの隙間から過去や夢想する物語がフラッシュバックしてくる。ある時は娘の風呂上りの肌の匂いだし、あるいは赤のセンターでトイレの壁越しに交わした友達との会話。それらが、現在と過去を行ったり来たりは、過去や背景を説明しなくてはならないという小説的事情っていうのをはるかに通り越して、オブフレッドの認知をリアルに表すものになっていて引き込まれる。

そして物を語ること、つまり個人にとってももっと大きな意味でも「歴史」というものが消されてゆくことの恐怖もしっかり描かれているのが、辛くて凄くて面白いところ。

 

 ・Hulu版ドラマ『ハンドメイズテイル』

Huluには加入していなかったのだけど、このドラマ見たさにお試し期間に突入してしまった。わたしが見ているのはまだシーズン1の途中だが原作とはところどころ違っていて、原作より細かい部分も描いていて興味深い。

1話目からオブフレッドと彼女の娘の本当の名前が出てきたのにはびっくりした。あと原作では黒人はハムの子孫として、どこかに強制移住させられていたけど、ドラマでは多様な人種が出てくる感じ。あとLGBT的な部分も意識して描いている。

アメリカって自由の国といわれるけれど、それとは180度異なる極端な社会を描いた『侍女の物語』。だけどアトウッドもインタビューで述べているように、アメリカに入植した最初の人たちは、ここを自分たちの理想の宗教国家にすべく来たわけであって、彼らとアメリカ国家は地続きだし、いまでもキリスト教原理主義系の勢力はすごい勢力だ。事実、トランプがこうして大統領の地位についたのも彼らの支援があったおかげだし。Huluのドラマ版では、現在のアメリカを意識した構成になっているのもみどころ。

 

まだドラマ版は1シーズンの8話までしか見てないけど、原作に比べると全体的に楽観的(あくまで比べるとだけど)な雰囲気がそこはかとなくある。もちろん出口の見えない状況ではあるけど、原作だとオブフレッドの視点のみで語られるから、僅かで不確かな情報だけを頼りに生き延びていて、正気を保つことだけで精一杯なのに対して、ドラマ版のジューンは「屈しない」とか「You are not alone」とかっていう言葉が使われているように「希望」の度合いが強め。それがアメリカっぽい。歴史に押しつぶされて行く人を描いている要素が原作では強いけど、ドラマはサバイバル的側面を強く打ち出しているのかな。

つまびらかでなかったルークやニックの人となりをドラマで膨らませてくれてるのはありがたい。おかげでわくわくがとまらない。シーズン3も制作とかっていう噂があるけど、全然原作からはかけ離れていくんだろうな。

 

 

アトウッドを読もうと思ったきっかけは、エルジャポンで都甲幸治さんが「エポックメイキングな10冊」にあげていたから。ほんとに読んでよかった!アトウッド偉大過ぎ。